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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)103号 判決 1975年1月31日

原告 斎藤作次郎

被告 荒川税務署長

訴訟代理人 伴義聖 ほか五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

被告が原告に対し昭和四三年一月一二日付でした昭和三九年分、昭和四〇年分及び昭和四一年分の所得税各更正処分並びに昭和四四年三月八日付でした右各年分の各過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の申立

原告の本件訴えのうち、昭和三九年分、昭和四〇年分及び昭和四一年分の所得税の各過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求める部分を却下する。

右部分に関する訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案につき

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、いわゆる白色申告業者であるが、被告に対し左記のとおりの所得税確定申告をした。

(一) 昭和四〇年三月一二日 昭和三九年分の総所得金額を四四一、六〇〇円とする同年分の所得税確定申告

(二) 昭和四一年三月一一日 昭和四〇年分の総所得金額を四九五、〇〇〇円とする同年分の所得税確定申告

(三) 昭和四二年三月七日 昭和四一年分の総所得金額を五七七、五〇〇円とする同年分の所得税確定申告

2  被告は、昭和四三年一月一二日昭和三九年分の総所得金額を九四一、五〇三円、同じく昭和四〇年分を八五六、七二一円、同じく昭和四一年分を一、二八六、三八八円とする各更正処分(以下本件更正処分という。)並びに昭和三九年分につき一九、〇〇〇円、昭和四〇年分につき一二、六〇〇円、昭和四一年分につき三二、三〇〇円の各重加算税の賦課決定処分をした。

3  そこで、原告は、右各処分について昭和四三年二月一二日異議申立をしたところ、被告は同年五月一〇日右申立を棄却する旨の決定をしたので、原告は、同年六月五日東京国税局長に審査請求をしたが、同国税局長は昭和四四年二月一七日各年分の更正処分に対する審査請求を棄却し、重加算税賦課決定処分全部を取り消す旨の裁決をし、その各裁決書謄本を同年三月一〇日原告に送付した。

4  被告は、右裁決後の同年三月八日次のとおり過少申告加算税の各賦課決定処分(以下本件賦課決定処分という。)をした。

(一) 昭和三九年分 三、一〇〇円

(二) 昭和四〇年分 二、一〇〇円

(三) 昭和四一年分 五、三〇〇円

5  しかしながら、原告の各係争年分の総所得金額はいずれも原告の確定申告のとおりであつて、被告の本件更正処分及び本件賦課決定処分(右両処分を以下本件処分という。)は違法であるからその取消しを求める。

二  被告の認否と主張

1  認否

請求原因1ないし4の事実は認め、5は争う。ただし、原告が審査請求したのは昭和四三年六月六日であり、右審査請求棄却の裁決がなされたのは昭和四四年二月二七日である。

2  主張

(一) 本案前の申立理由

過少申告加算税賦課決定処分は、更正処分とは別個の行政処分であるから、その取消しを求める訴えは、その当該処分自体について異議決定または審査裁決を経由しなければこれを提起することができない(国税通則法((昭和四五年法律第八号による改正前のもの以下単に国税通則法という。))八七条)のに、原告は本件賦課決定処分について前記不服申立手続を経由していないので、本件訴えのうち本件賦課決定処分の取消しを求める部分は不適法であり、却下されるべきである。

(二) 本案について

(1) 調査の実情

被告所属の係官らは、所得税調査のため昭和四二年一一月一〇日と同年一二月一五日の二回にわたり原告方を訪ねたが、原告及びその妻は調査に応じないし、営業の収入支出を明らかにする帳簿書類、請求書並びに領収書などの原始記録の呈示もしなかつた。ただ、原告の妻が領収書などは何も保存していないからわからない、帳簿もつけていない、本人と私と子供の三人でやつていると答えたのみであつた。

そして、原告は、異議申立並びに審査請求の段階においても、収支計算を明らかにすべき帳簿その他の書類の提出をしなかつた。

(2) 本件処分の適法性

原告の各年分における所得金額算出根拠は次のとおりであり、本件更正処分はいずれもその範囲内であるから適法である。

(ア) 昭和三九年分

(a) 収入金額 三、五六〇、八一二円

番号

取引先名

収入金額(円)

錦光堂

一、八六三、八七四

河崎ラケツト工業

六一、二〇〇

三立電機

七一五、六四一

株式会社大万

一〇六、八六一

株式会社ワタナベ帳簿

五〇、〇〇〇

株式会社万紀屋

五九九、六六三

有限会社岡野製本

一六三、五七三

合計

三、五六〇、八一三

(b) 所得率 六七・四〇パーセント

荒川税務署管内並びに小石川税務署管内に住所を有する製本等印刷加工業者のうち、青色申告を行ない、原告と同様材料の仕入れがあり、かつ、事業規模の類似する者を抽出し、その収入金額に対する算出所得金額の割合を算出した結果、次のごとく所得率は六七・四〇パーセントであつた。

記号

収入金額(円)

算出所得金額(円)

所得率(%)

三、二七七、八五三

二、五八八、一八四

七八・九五

一、四〇六、三四八

八八〇、三二三

六二・五九

四、四五四、五七〇

二、五七〇、一九三

五七・六九

三、三五二、九〇六

二、三八三、三八四

七一・〇八

一二、四九一、六七七

八、四二二、〇八四

六七・四〇

(c) 算出所得金額 二、三九九、九八七円

前記収入金額 三、五六〇、八一二円に右所得率六七・四〇パーセントを乗じて算出したものである。

(d) 特別経費 二一、三七六円

建物減価償却費 一三、二七六円

地代 八、一〇〇円

(e) 差引所得金額 二、三七八、六一一円

算出所得金額二、三九九、九八七円から右特別経費額二一、三七六円を控除した金額である。

(イ) 昭和四〇年分

(a) 収入金額 三、四三七、〇六九円

番号

取引先名

収入金額(円)

錦光堂

二、二八九、八九四

河崎ラケツト工業

六六、三二八

三立電機

三三五、四五二

株式会社大万

二五九、〇九八

株式会社ワタナベ帳簿

五〇、〇〇〇

株式会社万紀屋

二五五、四一〇

有限会社岡野製本

一一〇、五六七

エーワン

七〇、三二〇

合計

三、四三七、〇六九

(b) 所得率(昭和三九年分と同様方法による。)六三・三八パーセント

記号

収入金額(円)

算出所得金額(円)

所得率(%)

三、六五〇、六九〇

二、八〇三、七六四

七六・八〇

四、七〇三、三五四

二、五七八、九四五

五四・八三

四、六六五、八二〇

二、七八二、七二三

五九・六四

三、三八八、一〇四

二、八一一、九九四

八二・九九

四、五七七、一七〇

二、三二四、二三三

五〇・七七

二〇、九八五、一三八

一三、三〇五、九四九

六三・三八

(c) 算出所得金額 二、一七八、四一四円

前記収入金額 三、四三七、〇六九円に右所得率六三・三八パーセントを乗じて算出したものである。

(d) 特別経費 三八、八七五円

借入金利子 九、八〇五円

原告の荒川信用金庫に対する支払利子四、一八〇円、小林に対する支払利子五、六二五円の合計額である。

建物の償却費 二〇、九七〇円

新築前の建物償却費 一〇、六二〇円、新築後の建物償却費一〇、三五〇円の合計額である。

地代 八、一〇〇円

(e) 差引所得金額 二、一三九、五三九円

算出所得金額 二、一七八、四一四円から右特別経費額三八、八七五円を控除した金額である。

(ウ) 昭和四一年分

(a) 収入金額 五、四五五、五五九円

番号

取引先名

収入金額(円)

錦光堂

三、七三二、〇五九

河崎ラケツト工業

一二二、一四二

三立電機

三七六、八九〇

株式会社大万

二二一、〇六二

株式会社ワタナベ帳簿

五〇、〇〇〇

株式会社万紀屋

六一三、七〇七

有限会社岡野製本

一七五、一五一

エーワン

一六四、五四八

合計

五、四五五、五五九

(b) 所得率(昭和三九年分と同様方法による。)五七・七一パーセント

記号

収入金額(円)

算出所得金額(円)

所得率(%)

四、一八三、九六六

三、〇七一、九七五

八三・四二

五、九九七、一九四

二、八一八、一〇五

四六・九九

四、四一四、四三三

三、一二三、三一六

七〇・七五

六、三七二、一七六

三、六四〇、五六五

五七・一三

五、二九一、七六七

二、五〇二、七七二

四七・三四

二六、二五九、五三六

二六、二五九、五三六

五七・七一

(c) 算出所得金額 三、一四八、四〇三円

前記収入金額五、四五五、五五九円に右所得率五七・七一パーセントを乗じて算出したものである。

(d) 特別経費 一三二、四七七円

雇人費 五四、〇〇〇円

原告は、被告の調査に際し、繁忙期においてはアルバイト学生及び臨時雇人を使用し、前者につき七〇〇円、後者につき一、〇〇〇円程度の日当を支払い、その総額は五四、〇〇〇円であると申立てたのでこれによつた。しかし、関原克夫は昭和三八年三月一八日から昭和四一年五月四日まで兵庫県川西市西多田字南平井畑一〇番地の五関原頼次方に在住し、右期間原告方に勤務して給与の支払いを受けた事実はない。

借入金利子 三九、三二七円

原告の荒川信用金庫に対する支払利子一六、八二七円、小林に対する支払利子二二、五〇〇円の合計額である。

建物の償却費 三一、〇五〇円

地代 八、一〇〇円

(e) 差引所得金額 三、〇一五、九二六円

算出所得金額三、一四八、四〇三円から右特別経費額一三二、四七七円を控除した金額である。

(f) 専従者控除 一四二、五〇〇円

原告の長男斎藤明についての専従者控除額である。

(g) 差引事業所得金額 二、八七三、四二六円

差引所得金額三、〇一五、九二六円より専従者控除額一四二、五〇〇円を控除した金額である。

(3) 本件処分の適性法につき仮定的主張

原告は、昭和四四年一月一日に有限会社斎藤工房を設立し、従来の個人営業を同会社に引継いでいるが、その第一期事業年度(昭和四四年一月一日から同年九月三〇日まで)においては原告の本件係争年分当時と業務内容が実質的に変りなく、その右事業年度の確定決算書の数額に基づいて所得率を算出し、原告の本件各係争年分の事業所得の金額を推計すれば次のとおりである。

表<省略>

各年分の計算根拠は次のとおりである。

(ア) 昭和三九年分

(a) 収入金額 三、五六〇、八一二円

(b) 所得率 二九・三七パーセント

有限会社斎藤工房の第一期事業年度の確定決算書に基づき、同会社の右事業年度における営業利益を仮に法人に組織変更しなかつたものとして原告個人の営業利益に換算し、次の算式によつて所得率を算出した。

1,557,582円(個人換算営業利益)÷5,302,595円(売上金額)×100 = 29.37%(所得率)

右売上金額は有限会社斎藤工房の第一期確定決算書の損益計算書に記載された売上金額である。

右個人換算営業利益は、有限会社斎藤工房の第一期事業年度の営業利益に、右法人の損金のうち法人から原告本人及び家族従業員へ支払われた報酬、給料(<証拠省略>の人件費の内訳欄参照)並びに原告本人に支払われた地代家賃(<証拠省略>の地代家賃の内訳書欄参照)を加算して算出したものである。

すなわち、本件各係争年度は、いずれも原告の個人営業であり、これと比較するためには法人の営業利益を個人のそれに換算する必要があるところ、右原告本人の報酬、家族従業員の給料は所得税法上これを必要経費に算入せず(なお、家族従業員の給料は配偶者控除若しくは専従者控除による。)、地代家賃は原告本人がこれを有限会社斎藤工房に賃貸したものであるから個人の営業所得に換算すればこれを経費に算入しえないからである。

右計算過程を示すと

164,427+675,000+(1,972,623×1/4)+225,000(法人の営業利益)(原告本人の報酬)(家庭従業員の給料)(地代家賃)= 1,557,582円(個人換算営業利益)

なお、家族従業員の給料について、法人が家族従業員に対して支払つた給与総額の四分の一としたのは次の理由によるものである。

有限会社斎藤工房の設立第一期事業年度における家族従業員は斎藤悦子(原告の妻)斎藤明(原告の長男)、斎藤務(原告の次男)及び斎藤春枝(原告の長女)の四名であるが、昭和三九年分における家族従業員は原告の妻一人であつたので、家族従業員に対する給料総額のうち四分の一を昭和三九年分における家族従業員の給料として加算したものである。

したがつて、右給料総額のうち個人換算営業利益に加算されなかつた金額は昭和三九年分においては外注費あるいは人件費として外部に支払われたとみなされる金額である。

(c) 算出所得金額 一、〇四五、八一〇円

収入金額三、五六〇、八一二円に右所得率二九・三七パーセントを乗じて算出したものである。

(d) 特別経費    二一、三七六円

建物減価償却費 一三、二七六円

地代       八、一〇〇円

(イ) 昭和四〇年分

(a) 収入金額 三、四三七、〇六九円

(b) 所得率  二九・三七パーセント

昭和四〇年分における家族従業員は昭和三九年分と同様に原告の妻一人であるので、昭和三九年分と同様の方法により算出したものである。

(c) 算出所得金額 一、〇〇九、四六七円

収入金額三、四三七、〇六九円に右所得率二九・三七パーセントを乗じて算出したものである。

(d) 特別経費    三八、八七五円

借入金利子    九、八〇五円

建物減価償却費 二〇、九七〇円

地代       八、一〇〇円

(ウ) 昭和四一年分

(a) 収入金額 五、四五五、五五九円

(b) 所得率  三八・六七パーセント

昭和四一年分における家族従業員は原告の妻及び長男の二人であるので、有限会社斎藤工房の第一期事業年度の家族従業員に対する給与総額のうち四分の二を昭和四一年分における家族従業員の給料として、昭和三九年分と同様の方法によつて算出したものである。

右計算過程を示せば次のとおりである。

164,427(法人の営業利益)+675,000(原告本人の報酬)+(1,972,623×2/4)(家庭従業員の給料)+225,000(地代家賃)= 2,050,738円(個人換算営業利益)

2,050,738円(個人換算営業利益)÷5,302,595円(売上金額)×100 = 38.67%(所得率)

(c) 算出所得金額(算出営業利益) 二、一〇九、六六四円収入金額五、四五五、五五九円に右所得率三八・六七パーセントを乗じて算出したものである。

(d) 特別経費    七八、四七七円

借入金利子   三九、三二七円

建物減価償却費 三一、〇五〇円

地代       八、一〇〇円

(e) 専従者控除額 一四二、五〇〇円

原告の長男についての専従者控除額である。なお、前記の妻は配偶者控除の対象として事業所得の金額から控除されることになり、現に控除されている。

以上のとおり、原告の事業所得の金額は昭和三九年分一、〇二四、四三四円、昭和四〇年分九七〇、五九二円及び昭和四一年分一、八八八、六八七円となり、被告がなした本件更正処分の事業所得の金額昭和三九年分九四一、五〇三円、昭和四〇年分八五六、七二一円及び昭和四一年一、二八六、三八八円はいずれもその範囲内であるから本件更正処分は適法である。

(4) 本件推計の合理性

(ア) 原告は、前記のとおり、被告の原処分時における調査及び異議申立並びに審査請求の審理時においても、原告の所得額を計算しうる証拠書類を全く提示しなかつた。そこで、被告は、原告の取引先である有限会社錦光堂等につき反面調査を実施した結果、本件各係争年分の売上金額を把握することができたのである。

(イ) 一般に製本というのは、書籍の製本のみならず、文具類の製本も含めて指称するのであつて、いずれの場合にも概ね(1)断截、(2)丁合い、(3)綴込み(穴あけを含む。)、(4)貼込み、(5)装飾、(6)表紙貼り、(7)仕上げの各工程より成つている。現在、これらの工程を一貫作業する業者は稀れで、それぞれが分業化しているが、これらの各工程に携わつている業者を総称して製本業と呼称することは公知の事実である。そして、原告のごとく穴あけ及び綴込みを行ない、その綴込みがセルリング綴じ(セルロイドないしはビニール等による背綴じ)とスパイラル綴じ(アルミニユームなどによる螺旋綴じ)を主として行なう業者も右の製本業に含まれることは明らかである。

(ウ) そこで、被告は、前記事情により原告の場合本件係争年分の所得額を把握するには推計によらざるをえないと認め、反面調査によつて知りえた右収入金額を基礎として、これに原告と同業種、同規模程度と認められる者の所得率を適用して本件各係争年分の所得額を算出した。被告が右算定の基礎とした同業者AないしEは、荒川税務署並びに小石川税務署管内に住所を有する製本下請業者のうち、青色申告を行ない、原告と同様の材料仕入れがあり、かつ、収入金額が三〇〇万円以上七〇〇万円未満の者のなかから抽出した者であつて、製本業のうち糸や針金による背綴じ業者である。

なお、前記同業者の主要機械設備は次表のとおりである。

(a) 昭和三九年分

同業者

断裁機

穴明機

製本ミシン

ポツチング

(b) 昭和四〇年分

同業者

断裁機

穴明機

製本ミシン

ポツチング

手差紙折機

手引角丸機

針金綴機

(c)昭和四一年分

同業者

断裁機

穴明機

製本ミシン

ポツチング

手差紙折機

手引角丸機

針金綴機

(エ) 外注加工費については、被告係官の昭和四二年一二月一五日の調査時に、原告の妻が一年のうちで特に忙しい一一月及び一二月の二か月には外注することがあり、その件数は二〇件程度であり、その一件当りの金額は平均一〇、〇〇〇円であると回答し、原告自身も審査請求の審理時に外注加工費は少ない旨回答していることから、原告の外注加工費はせいぜい年間二〇〇、〇〇〇円であると認められるところ、同金額は原告の前記収入金額に比較し極めて少額である。したがつて、原告の外注加工費の金額は右同業者の所得率による推計課税を不合理ならしめるものではない。

なお、被告の主張する同業者所得率の算出方式

(売上(収入)金額-売上原価-一般経費)/売上(収入)金額×100

における一般経費中には外注加工費を含み、その金額は次のとおりである。

表<省略>

(オ) 前記同業者の雇人費は次のとおりである。

年分

同業者

昭和三九年分(円)

昭和四〇年分(円)

昭和四一年分(円)

九九七、八〇〇

一、三〇四、四三七

五二七、四三七

二四〇、〇〇〇

一、四六七、〇〇〇

一、〇一七、〇〇〇

一、一六四、九一八

一、三四一、〇九二

一、五八八、三六七

八三一、〇五五

八八一、九二〇

一、一六三、五三〇

八一四、二三九

六七四、二八四

三  被告主張に対する原告の認否と反論

1  本案前の申立について

過少申告加算税は、正当な税額に比して過少な申告がなされた場合に行政上の制裁として課されるものであるから、その根拠とされる更正処分の税額が争われ、同更正処分及び重加算税賦課決定処分について前記のような経過で本訴提起の前提たる異議決定と審査裁決を経由している以上、仮に本件過少申告加算税賦課決定処分自体について異議申立、審査請求などの前置手続を経ていなくてもその取消しを求みる本訴部分は適法である。

2  本案に関する認否

被告主張の二の2の(二)(2)(ア)のうち、番号1取引先錦光堂との取引による収入金額を認め、その余の取引先との取引のあつたことは認めるがその収入金額は不知。同項(イ)のうち、番号1の取引先錦光堂との取引による収入金額を認め、番号6の取引先万紀屋との取引による収入金額中一七一、五六八円をこえる部分を否認し、その余の取引先との収入金額は不知。同項(ウ)のうち番号1の取引先錦光堂、番号3の三立電機との取引による各収入金額を認め、番号2の河崎ラケツト工業について五二、〇〇〇円、番号4の大万について一八七、七七九円、番号5のワタナベ帳簿について一一、七八〇円、番号6の万紀屋について五三一、〇五九円、番号7の岡野製本について一二六、五〇二円、番号8のエーワンについて一三〇、五八九円をこえる収入金額部分をいずれも否認する。なお、本件各係争年分の特別経費中、被告主張の金額は認める。

3  本案に関する反論

(一) 調査の違法性

原告は、ビニールとアルミニユーム製の螺旋等を使用してノート類等を綴じる作業を請負い、手間賃を得ているものである。ところで、被告の係官二名は、何らの予告もしないで二回にわたり被告主張の日時に調査のため原告宅に来たが、右両日とも納期限の切迫のため原告は忙殺されていた。原告の製品は、日記帳やカレンダー類が大半で期日を徒過すると売れなくなるため納期が厳格に定められ、当時は早朝より深夜まで連続的労働であつた。かような時期に、何らの予告もしないで臨店し、いきなり調査に応じるよう要求すること自体非常識であり、かつ、不当である。原告は、右実情を訴えて調査の延期を申し入れたところ、右係官らは了承して帰つた。

ところが、被告は、原告がその調査に応じないものとして取引先に対する反面調査を実施し、その結果に基づいて推計課税により本件処分をした。しかし、原告の前記調査延期の申入れはその実情に照らしやむをえないものであり、これをもつて調査拒否というには当らない。したがつて、被告の右反面調査は違法である。

のみならず、原告は、昭和三九、四〇各年分につき確定申告どおりの税額を納付ずみであるから、これにより原告の納税義務は消滅し、原告は所得税法二三四条一項にいわゆる「納税義務がある者」または「納税義務があると認められる者」のいずれにも該当せず、原告に対する本件調査はこの点からも違法である。

(二) 本件推計課税の不合理性

(1) 原告は、前記のとおり被告の係官による調査を拒否した事実もないのに、被告が一方的、独断的に調査拒否として推計課税をしたのは違法である。

(2) 被告の本件推計方法は誤りであつて不合理である。すなわち、被告の本件推計方法は、荒川、小石川両税務署管内の製本等印刷加工業者のうちから適宜抽出した数例によつて原告の本件所得推計の基礎となる所得率を算出しているのであるが、原告の営業は、主としてビニールとアルミニユーム製の螺旋を通す工程のみを担当し、被告が同業者としているいわゆる製本または印刷加工業者とは全く業種を異にする独自のものであつて、本件推計方法は不適当であり、合理性を欠く違法なものである。

ちなみに、被告の主張する同業者の主要機械設備中原告が所有しているものは穴あけ機のみである。その他の断裁機、製本ミシン、ポツチング、手差紙折機、手引角丸機、針金綴機はいわゆる製本業には必要であるが、原告の営業には全く無用のものであり、むしろ原告が使用しているものは、昭和三七年一〇月までケトバシ(足踏みブレス)手動エキセン(ハンドルを回して小穴をあけるもの)、ボール裁(手で押しつけてビニールを切断するもの)各一台及び同月購入した紙穴あけ機(四分の一馬力、電動)一台のみである。

(3) 本件推計の適法性に関する被告の仮定的主張、すなわち、原告の本件各係争年分の所得推計の基礎として有限会社斉藤工房の第一期事業年度における所得率等による推計方法の主張は、時機に後れた攻撃防禦方法であるから民事訴訟法一三九条に従いこれを却下すべきである。

のみならず、被告は、右仮定的主張をするまではその主張にかかる「同業者」に関する資料は原告の本件所得を推計する基礎資料として用いるには不適当である旨を認めていたところ、それは裁判上の自白に当るものというべきであるからその撤回は許されない。

(4) 被告は、本件更正処分の適法性を根拠づけるために更正可能期限(所得税法七〇条は三年と定めている。)の経過したのちの事情を主張、立証しようとしているが、かようなことは右法において特に更正期限を限定した趣旨に照らして許されないものと解すべきである。

(5) 被告は、本件推計の基礎たる同業者の氏名、推計の具体的、内容について全く明らかにしないが、それ自体不当であり、かつ、主張立証責任を尽さないものとして原告の本訴請求を認容すべきである。

(6) 原告の外注加工費について詳述すると以下のとおりである。

(ア) 錦光堂関係 原告の加工業務のうち、錦光堂からの注文が大部分を占めるが、その内容を大別するとスプリングバインダーの取付けとビニール加工に分けられる。スプリングバインダーというのは、アルバム、日記帳、カタログ、ノート、カレンダー等の背綴じに使うもので、針金(アルミニユームにメツキを施す。錫引鋼、真鍮、ビニール被覆線などの種類がある。)をスプリング巻きし、錦光堂が頁をそろえて裁断した紙束の頁端に機械で小穴をあけ、これに右のスプリングを通して取り付けるという比較的単純な作業である。この場合、スプリングに加工する長尺巻線は原告で仕入れるが、他は注文主の錦光堂から持ち込まれ、また、アルミニユーム線のメツキ及び作業の主要部分を占めるスプリングの取付作業はすべて外注に頼つている。スプリングの取付作業の外注先は、主に荒川区内数十軒に及ぶが、もつぱら主婦の副業である。ビニール加工のうち、バインダーリングは右スプリングバインダーと同様アルバム、日記帳、カタログ、カレンダー、ノートの背綴じであるが、ビニール材料の切断、歯切切断、寸法ととのえ、熱加工巻、取付け、包装、納品という作業経過をたどる。このうち、歯切切断と熱加工巻は原告に設備や技術がないので外注にまわし、取付けも主婦の外注に頼つている。ビニール加工のうち、表紙及び仕切板(紙押立板)の加工は、原告において仕入れたビニール板に加工を施すもので、定寸法に切断し、注文に応じて角を丸めたり、穴をあけたり、製本されたものに取り付けるなど種々の工程を経て包装、納品するのである。

(イ) 錦光堂以外の関係 錦光堂以外の取引は金額的にも少なく、いずれもセルロイド加工、穴あけ、アクリル樹脂加工など小物や簡単なものばかりである。このうち、セルロイド加工の見出しの取付けや日記帳、カレンダーの各種バインダーの取付作業は、錦光堂と同様主婦の副業として外注し、アクリル樹脂加工も全部外注することがある。

(ウ) 被告主張の有限会社斉藤工房の第一事業年度は、ちようど万博ブームで業界が好景気であつたから、従業員数を増加したため、その反面、外注率が低下した。しかも、被告によつて採択された期間は昭和四四年一月から同年九月までであつて、一年のうち最も繁忙で外注率の高い一〇月ないし一二月の実績を含んでいないので、全体として外注率が低く、これを本件各係争年分の所得推計の基礎とするのは甚だ不当である。

のみならず、被告は、右会社の営業利益より所得率を算出するに当たり、昭和三九、四〇年分については妻一人が従業員であり、同四一年分については妻と長男二人が従業員であつたから、右会社の第一期確定申告書による家族分の給料額の四分の一にあたる四九三、一五六円あるいは四分の二にあたる九八六、三一二円を本件係争年分の事業所得に加算すべきものとしているが、妻は家事のあい間に無報酬で手伝つたにすぎず専従者とはいえないから、これを勘案したのは誤りであつて、原告の同期間における所得は被告の算定方法によつても被告主張額を大幅に下まわるはずである。

(エ) 関原克夫は、昭和三九年から同四一年まで原告のもとで稼働し、同人に支給した給料は、昭和三九、四〇年分いずれも二六三、七二二円、昭和四一年分二七二、四二一円である。

第三証拠<省略>

理由

第一本案前の申立につき

被告は、本件訴えのうち本件賦課決定処分の取消しを求める部分は、異議決定及び審査裁決を経由していないから不適法であると主張するので、この点につき判断する。

そもそも、加算税(国税通則法六五ないし六八条)は、納税者の行なうべき申告及び納税義務の履行について国税に関する法律の適正な執行を妨げる行為または事実に対する防止及び制裁措置としての性質をもつ負担として課される一種の附帯税であるから、それは納付すべき本税の税額の全部または一部を基準としてこれに一定の割合を乗じて賦課徴収されるのである。したがつて、加算税は、あくまで本税の税額が有効に確定されていることを前提とし、例えば、本税の更正処分につきその取消しを求めて適法に出訴し、本税の更正処分が取り消されるときは、これに伴い加算税の賦課決定処分はその基礎を失い、その納税義務は当然に消滅すべく、そのためには加算税につき別段の取消請求がなされていることを要しないものと解される。

ところで、原告は、本件各係争年分の所得額については確定申告額が正当であつて、これをこえる本件更正処分及びこれに伴う重加算税賦課決定処分(審査裁決により取り消された。)が違法であるとし、これにつきそれぞれ異議申立並びに審査請求をなし、異議決定並びに審査裁決を経由したこと、そして、東京国税局長は、昭和四四年二月中に原処分の各更正処分部分については審査請求を棄却し、各重加算税賦課決定処分についてはこれを取り消す旨の裁決をし、該裁決書謄本を同年三月一〇日原告に送達したこと、しかるに、被告は同年三月八日改めて原告主張のとおり本件賦課決定処分をしたことは当事者間に争いがない。

そうすると、原告は、本件各係争年分の所得額が確定申告額のとおりであることを主張して、右加算税の基礎となる本件更正処分はもとより前示重加算税についても異議申立についての決定並びに審査請求についての裁決を経由したうえ、その裁決書謄本の送達を受けてから三か月以内である昭和四四年五月二九日本訴を提起していることは本件記録上明らかであるから、本件更正処分につき適法にその取消請求の訴えがなされている以上、仮にこれが認容されれば本件賦課決定処分もその根拠を失い、その納税義務は当然に消滅すべく、これにつきさらにその取消しを求めて出訴すること自体必要ないはずである。

のみならず、以上のごとき事実関係のもとにおいては、本件賦課決定処分について異議決定及び審査裁決を経ることなくこれが取消しの訴えを提起しても、原告はこれにつき国税通則法八七条一項四号にいわゆる正当な理由があるときに該当するものというべきである。

よつて、被告の本案前の申立は失当である。

第二本案につき

一  請求原因1ないし4の事実(ただし、本件口頭弁論の全趣旨によれば、被告主張のとおり、原告が審査請求をしたのは昭和四三年六月六日であり、東京国税局長が右審査請求を棄却する裁決をしたのは昭和四四年二月二七日であると認められる。)は当事者間に争いがない。

二  本件処分の適法性の判断

1  被告の調査

被告の係官二名が原告の本件係争年分の所得額調査のため昭和四二年一一月一〇日及び同年一二月一五日同人方を訪れたことは当事者間に争いがない。

<証拠省略>を総合すると次の事実が認められ、他に同認定を動かしうる証拠はない。

原告は、ビニールまたはアルミニユームなどの針金を使用してアルバム、日記帳、カタログ、ノート、カレンダー等の背綴じを業とするものであるが、荒川税務署員二名が原告の所得額調査のため昭和四二年一一月一〇日原告方を訪ねた際は、原告は多忙を理由に面談を拒絶し、ただ原告の妻が帳簿などの記帳はしていなし、請求書、領収証、納品書などの取引関係書類の保存もしていない旨を返答した。同署員が再度訪問したとき(同年一二月一五日)も、原告は忙しいから来年にしてくれと言い置いて出かけたので、同人の妻から生活費について簡単な供述を得たにすぎなかつた。こうして、被告は、原告が右調査に協力することは殆んど期待できないし、かつ、証ひよう書類も保存されていないものと判断し、原告の取引先に対する反面調査を開始してその結果に拠り本件推計課税を行なつた。

前記認定事実に照らすと、仮に原告の営業が右のごとき実態であつて、当時原告が多忙な時期にあつたとしても、税務署員に対し全く応接のいとまがないとも考えられないので、被告の係官による前記臨場調査並びにその後の反面調査はいずれも違法であるとはいえない。

なお、原告は、昭和三九、四〇年分の各確定申告による所得税額を納付したので原告の納税義務は消滅し、被告の原告に対する調査は違法であると主張するが、税務署長はその調査結果に基づき納税者の確定申告書記載の所得額が過少であると認めるときは、これを更正することができるのであるから(国税通則法二四条)、所得税の納税義務は納税者が確定申告額を納付することによつて直ちに消滅するものではないので、原告の右主張は採用するに由ない。

2  推計課税

(一)前示各証拠によると、原告は、本件更正処分に対する異議申立並びに審査請求の審理段階における当局の調査に対しても収支明細書及び所得額計算の資料を何も提示しなかつたことが認められ、同認定に反する証拠はない。この事実と前認定のような本件更正処分以前の調査経過とを併せ考慮すると、被告が所得額の推計により本件更正処分をしたこと自体に違法はないものといわなければならない。

(二) そこで、本件推計課税の合理性について検討する。

被告は、第一次的に同業者の所得率を基礎として原告の本件各係争年分の所得を推計したと主張する。しかし、<証拠省略>によると、被告は、本件更正処分に当り、原告の業務が前記認定のようにビニールまたはアルミニユームなどの針金を使用したアルバム、日記帳類の背綴じを内容とするものであるところから、同税務署管内にいわゆる同業者比率による推計の基礎としうるような類似性のある同業者を発見することが困難であると考え、原告の本件係争年分の各所得額を推計するのにいわゆる資産増減法によることとし、原告の取引先や金融機関について売上高や預金高を調査するとともに、建物や自動車等の資産関係を調べ、これにより把握した資産の合計額から負債額を控除し、生活費を加算してまず昭和四一年分の所得額を算出し、その所得率により昭和三九年、四〇年分の各所得額を推計したこと、ところが、審査請求の審理段階においては方針を変えて推計方法をいわゆる収支計算法に拠ることとし、取引先に対する反面調査により収入(売上)金額を実額で把握したうえ被告主張の同業者の所得率を基礎として推計したことが認められる。

ところで、一艇に所得率は次の算式により求められる。

売上金額-(売上原価+一般経費)=所得金額(特別経費控除前)

所得金額/売上金額=所得率

したがつて、本件のように収入(売上)金額を実額で把握したうえ、同業者の所得率を基礎として原告の所得額を推計しようとする場合、その推計方法の合理性は、結局同業者比率の適用による売上原価(原価率)と一般経費(経費率)の算出が合理的であるか否かにかかるものと解されるところ、右一般経費は、通常外注費とそれ以外のいわゆる営業費より成り立つものとされるから、以下主としてこれらの点から本件推計の合理性を検討する。

(1) <証拠省略>によると、原告はもとセルロイド加工業を営んでいたが、昭和三四年頃から硬質ビニール加工に変り、本件係争年当時も主としてビニールやアルミニユーム線などを使用してノート、日記帳、ヵタログ、カレンダー、アルバム等の背綴じを営業内営とし、その方法は取引先(錦光堂が大半を占める。)より持ち込まれる定寸法に裁断したノートや本に原告において穴をあけ、そこに原告が作成したビニールの螺旋またはメツキしたアルミニユーム線(場合により他の金属線を使用する。)を通して背綴じを施すものであること、そして、同作業中アルミニユーム線のメツキは原告方にその設備がないので外注し、また、その製品の性質上大部分が九月から一二月中に集中するので、多忙期には学生アルバイトを雇うほか家庭主婦の内職に外注していたこと、原告方の労働力としては、原告夫妻のほか雇人関原克夫(昭和三七年九月から昭和四二年一二月まで)の三名で、他に原告の子二名が学校より帰つて手伝う程度であつたことが認められる(もつとも、<証拠省略>には右関原が昭和三八年三月一八日以降昭和四一年五月四日まで兵庫県川西市西多田字平井畑一〇番地の五関原頼次方に居住した旨の記載があるが、<証拠省略>によれば、右は同人が昭和三七年九月東京都文京区小石川二丁目天理教会丸山方に転出後も住民登録手続を懈怠していたことによること、同人はそこから原告方へ通勤していたことが認められるので、前記載も右認定の妨げとはならない。)。

他方、<証拠省略>を総合すると次の事実が認められ、他に同認定を動しうる証拠はない。

被告が本件推計の基礎とするため選定した同業者は、原告の住所がある荒川税務署管内及び隣接の小石川税務署管内における製本業者及びビニール加工業者一六名のうち、裁断のみを行なう業者を除外し、原告と同様原材料を他より仕入れている者で青色申告を行ない、かつ、年間収入金額が三〇〇万円以上七〇〇万円以下の者を選んだところ、昭和三九年分につき四名、昭和四〇、四一年分につき各五名が抽出された(便宜、ABCDEと仮称する。)。

そして、右同業者の外注費は、被告主張のとおり(二の2(二)(4)(エ)の表)であつて、その外注費率(外注費の売上金額に対する割合)は、昭和三九年分において一五・五二パーセント、昭和四〇年分において一九・五二パーセント、昭和四一年分において二二・七六パーセントであり、また右同業者の平均所得率は、昭和三九年分が六七・四〇パーセント、昭和四〇年分が六三・三八パーセント、昭和四一年分が五七・七一パーセントであつた。

反面、原告の本件係争年分の外注費につき被告係官が昭和四二年一二月一五日に調査した際、原告の妻が一年のうちで一一、一二月は特に忙しく、主に王子方面の主婦の内職として外注することもあるがその件数は二〇件程度であり、その一件当りの金額は、一〇、〇〇〇円であると回答し、原告自身も外注費は大した金額ではないと答えているように、原告の右期間における外注費はせいぜい年間二〇〇、〇〇〇円をこすことはないものと推認される。

以上の事実が認められ、これに<証拠省略>を総合すると、一般に製本とは、書籍・事務用品類をその使用目的に適合するように、指定の装幀に従い、一定の工程によつて操作される一種の技能をいうとされ、綴じ込み工作には、丁合したものや背固めしたものを針金、糸その他を用いて綴じる作業があり、平綴じとして金具類スパイラル、セルリング等の方法があること、したがつて、これによると原告のごとく螺旋で背を巻くいわゆるスプリング綴じを内容とする営業は、仮にそれがメート、アルバムなど事務用品を対象とするものであつても一般的な製本業の概念に含ましめうることが認められる。

(2) 叙上の認定事実に照らすと、原告の営業は取引先より持ち込まれる定寸法に裁断したノートや本に穴をあけ、そこにビニールないしはアルミニユーム線の螺旋を通す作業がその主要部分をなしているから、原告において仕入れる材料としてはビニール板、針金の原線及び薬品を主として瀬尾商店より購入するにとどまり(<証拠省略>)、外注費もせいぜい年間二〇〇、〇〇〇円程度であつたことが認められるので、これを後記認定の収入(売上)金額で除する(外注費率)と、昭和三九年分が五・六パーセント、昭和四〇年分が六・〇パーセント、昭和四一年分が三・六パーセントであつて、この点では前記同業者の方がむしろ高率であり、その平均外注費率は、昭和三九年分一五・五二パーセント、昭和四〇年分一九・五二パーセント、昭和四一年分二二・七六パーセントとなり、これに拠つても原告にとつて決して不利益とはならない。

また、他面において前記同業者ABCDEは原告と立地条件、業種、業態並びに営業規模にかなりの類似性があるものと認めるのが相当であり、右同業者の原価率並びに営業費率も原告のそれと近似性を有するものと認めることができる。したがつて、これらの資料に依拠して算出された所得率を基礎として原告の本件係争年分の所得額を推計することには合理性があるものというべきである(原告は右合理性を争うのみで自らは具体的数額を明らかにしないので、これを採用するに由ない。)。

(3) 原告は、被告が同主張にかかる同業者の資料を原告の本件所得推計の基礎として用いるのは不適当である旨を認め、これが裁判上の自白に当るのでその撤回は許されないと主張するけれども、被告は、本件訴訟の過程において、ただ、原告の近隣において「原告の業務と全く同様な同業者は存しない」ことを認めると述べているにすぎず、むしろ、被告は、本件訴訟の当初より一貫して近似する同業者の所得率による推計課税を主張しているのであつて、本件記録によるも原告主張のごとき自白をした事実は認められない。

次に、原告は、被告が本件訴訟において前記同業者の住所氏名を明示せず、単にABCDEと仮称していることにつき、主張立証責任を尽さない不当なものであると主張するが、被告が右同業者の氏名等を明示しないのは職務上知り得た秘密を守る義務がある(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条一項)以上やむをえないことであり、他方において当該同業者に関する調査報告書につきその作成者が証人尋間を受け、その証言によればその作成経過が具体的に明らかにされており、これが恣意的に作成されたものではないことが認められるし、結局は同書面の記載内容に関する信ぴよう性の問題に帰着する事項でもあるので、特に同業者の氏名等を明示しないことをもつて直ちに違法ないし不当の問題は生じないものというべきである。

そして、本件のごとく税額の多寡が争われている訴訟においては、被告はその主張にかかる課税標準の存在につき原処分後の事実によつてこれを立証することも別段禁止されておらず、口頭弁論終結に至るまで適宜その提出が許されるのであるから、原告のこの点に関する主張も理由がない。

3  原告の所得金額

本件各係争年分につき、原告の錦光堂及び昭和四一年分につき三立電機との取引による各収入金額並びに特別経費中被告主張のものについては当事者間に争いがなく、<証拠省略>を総合すると次の事実が認められ、他にこれを動しうる証拠はない。

(一) 収入金額

(1) 昭和三九年分 三、五六〇、八一二円(取引先別収入金額は被告主張のとおり。ただし株式会社万紀屋との取引による収入金額は<証拠省略>によると六五七、七七三円と認められるが、<証拠省略>によると被告主張のとおり五九九、六六三円であることが認められるので、これによつた。)

(2) 昭和四〇年分 三、三二六、五〇二円(取引先別収入金額は有限会社岡野製本との取引分についてこれを認めうる証拠がなく、その余は被告主張のとおり)

(3) 昭和四一年分 五、四五五、五五九円(取引先別収入金額は被告主張のとおり)

(二) 所得金額

(1) 前記同業者所得率によつた場合

前記各年分の収入金額に先に認定した同業者所得率、すなわち、昭和三九年分六七・四〇パーセント、昭和四〇年分六三・三八パーセント、昭和四一年分五七・七一パーセントをそれぞれ乗ずると(算出所得金額)、昭和三九年分は二、三九九、九八七円、昭和四〇年分は二、一〇八、三三七円、昭和四一年分は、三、一四八、四〇三円となるところ、これより特別経費額(被告主張額)を、それぞれ控除すると、各年分の差引所得金額は次のとおりとなる。

昭和三九年分 二、三七八、六一一円

昭和四〇年分 二、〇六九、四六二円

昭和四一年分 三、〇一五、九二六円

そして、原告は、昭和三七年九月から昭和四二年一二月まで関原克夫を雇用していたこと前記認定のとおりであるが、原告はその給料及び賞与として、昭和三九年分二六三、七二二円、同四〇年分同額、同四一年分二七二、四二一円を支出したことが認められるので、右差引所得金額よりさらにこれを控除すると

(ア) 昭和三九年分 二、一一四、八八九円

(イ) 昭和四〇年分 一、八〇五、七四〇円

(ウ) 昭和四一年分 二、七四三、五〇五円

となり、昭和四一年分については、さらに原告長男斉藤明の専従者控除一四二、五〇〇円が認められるので、同年分の事業所得額は二、六〇一、〇〇五円となる。

4  これまで述べたところによると、被告が原告に対してなした昭和三九年分の総所得金額を九四一、五〇三円、同じく昭和四〇年分を八五六、七二一円、同じく昭和四一年分を一、二八六、三八八円とする本件更正処分並びに加算税の本件賦課決定処分には、原告主張の違法はなく、また、所得額の認定についても当裁判所の前記認定額の範囲内であつて適法である。

三  叙上の次第で、その余の点について判断するまでもなく本件処分には原告主張の違法はなく、これが取消しを求める原告の本訴請求は理由のないこと明らかであるから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧山市治 上田豊三 横山匡輝)

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